当サイト「私生活の達人が教えるサイト」では様々なお役立ち情報を配信しています。

私生活の達人が教えるサイトブログ:180614

    

祖母が最初に倒れたのが一昨年の暮れで、
それから二ヶ月とたたないうちに二度目、病名は脳梗塞だった。

医者からは二度目はないといわれていたが、
それでも親と見舞いに行ったぼくに向けて、
祖母はやつれた顔で微笑んでくれた。

倒れたのは親父方の祖母で、
つまりわたしのお父さんの母になるわけだが、
当の父は少しだけ病室に顔を出すと、
すぐにまた廊下に置いてあるソファーに戻ってしまう。

ママは少し呆れていたが、
わたくしにはお父さんの気持ちが良くわかった。

私も本当は
ここには来たくなかったのだ。

祖母は大変元気な人で、
脳梗塞で倒れるまで、日々畑仕事に精を出していた。

お正月などに顔を出しに行くと、
こっちが困ってしまうくらいの笑顔を向けてくれる。

おれの中で、
祖母はずっとそういう人だった。

だからこそ、僕は嫌だった。
やせ細り、言葉を詰まらせ、家族の名前も思い出せない、
そんな祖母を見るのがなんだか申し訳なかった。

それではまるで病人じゃないか。
祖母は病人であってほしくなかったのだ。

ぼくは、
居心地の悪さを感じていた。

それを隠すために
あたくしはずっと微笑んでいようと決めた。
祖母になにも出来ないボクは、
それくらいしかできなかった。

祖母はそんなおいらを見ていてくれたのだろう、
帰りがけに一言だけ
「笑顔が素敵な子になったね」
そうわたくしに言って笑った。

私はただただ申し訳なくて、
やはり微笑むことしかできなかった。

祖母が亡くなった日の17時遅く、
親父は泣いていた。
いつも寡黙で何事にも動じないかのように見えたパパが、
大声で泣いていた。

それをぼくは部屋で聞きながら
人が死ぬということの意味を知り、
そして家族というものを思った。
 

門前仲町 賃貸、今すぐ
https://www.townhousing.co.jp/shop/monnaka/

コスタクルーズ
https://www.best1cruise.com/B/COS/

aws サービスはこちら
https://cloudpack.jp/service/plan/

アンディウォーホル
http://galerie-h.com/itiran/kaigai/2.htm

東京 個室 レストランドットコム
https://www.andaztokyo.jp/restaurants/jp/events/